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2月12日
こんなにも美しくて、情緒豊かなバレエがあるのだろうか。 幕が下りる時、涙と興奮が同時に込み上げてきた。 渋谷、NHKホール。 客席に着き舞台を見ると、深い海色の美しい幕の前に ぽつんと、白く大きな巻貝が置かれている。 幕が上がる前から、物語が静かに始まっていた。 夕方6時半を少し過ぎた頃、日本初演「人魚姫」の幕は上がった。 音楽のない、静寂な空間に 波を表す美しいブルーの照明がゆらめく。 その上方、白く浮き上がった四角い枠の中は、遊覧船の甲板のようだ。 右端に置かれた2台のデッキチェアと、 それに乗るようにして、壁に詩を書いている黒いシルクハットの詩人。 シンプルで美しいその瞬間が、まるで仏映画の1シーンのようで、ため息が出た。 無音の中、ゆっくりと詩人が動き出すと、 女性達の華やかな笑い声が聞こえてくる。 白い枠の甲板の上に、美しい花嫁とその友人達。 そして、白い制服をまとった、詩人が恋する花婿と 数人の男友達が登場し、また去って行く。 詩人の届かぬ想い。涙は、頬をつたい海へと落ちていった。 ゆっくりと、幻想の海へと身を沈めていく詩人。 詩人の想いをほどくかのように、静かに音楽が流れ始める。 詩人の名は、アンデルセン。 彼の親友エドヴァートへの叶わぬ想いは、美しい人魚姫へと姿を変える。 人魚姫の住む、海底の描写。 ここが本当に美しい。 薄暗い群青色の照明の中、青色の衣装をまとった人魚姫。 その尾ヒレは、まるで歌舞伎の衣装のような長い袴で表現されている。 そして彼女は、浄瑠璃の黒子のような数人のダンサーに抱えられ まるで海中を泳いでいるかのように、優雅に舞う。 その長い裾は、脚の倍の長さは優にあるだろう。 それを美しく操る為に、バレエのそれとは違う筋肉を動かさなくてはいけない。 更に彼女は、この場面のほとんどを 数人のダンサー達に休むことなく手渡され、リフトされ続けている。 つまり彼女は、常に上半身を持ち上げ 肢体すべての筋肉を緊張させ続けなくてはいけないのだ。 自分の脚で立って踊るより、数倍の緊張感が必要になる。 これでもかと続く難易度の高いノイマイヤーの振り付け。 それでも息一つ乱すこと無く、海の中で生きる者その者のように 優雅にそして静かに人魚姫の心情を描写し続ける。 本当に素晴しいダンサーだ。 彼女の名前は、シルヴィア・アッツォーニ。 他のダンサーに比べとりわけ小さい彼女は、 この人魚姫でブノワ賞というのを受賞しているらしい。 この作品において 美しく舞う「人魚姫」の間は、長い衣装に隠れて彼女のしなやかな脚は見えない。 毒を呑み、ヒレが脚になり、「人間」として地上にあがった後では 海の中のように優雅に舞うことは出来ず、 苦しみの中、決して美しいとは言えない動きを繰り返す。 彼女の美しい踊りを観たくて来た人には、少し残念に映るかもしれない。 しかし私は、それでも尚、ノイマイヤーの難易度の高い振り付けを 見事に踊り切った彼女の類い稀なバレエ技術と 人魚姫の悲しみと苦しさを巧みに表現しきった素晴しい演技力、 そして一時たりとも休むことの知らない、その肢体と筋肉のしなやかさに感銘した。 海底の描写で素晴しいのはそれだけではない。 波を表現する男女数組のダンサー達。 薄暗い舞台の上では、スッポットライトが彼らに当たることはなく あくまでも背景の一部として存在する。 女性の衣装はもちろん、男性までも長くボリュームのあるスカートをはき その濃紺の衣装の裾は、まるで波打ち際のように白く縁取りされている。 彼らがペアを組み、滑るように静かに そして時には、激しく大波のごとく動く様は、 まるで海が生きているかのように思えるのだ。 大きなセットや背景などは使わず 波を表す数本の照明ラインと、海を表現する数組のダンサー達 そして群青色のような薄暗い照明だけで 人魚姫の住む海底を見事に表現している。 素晴しい演出だと思った。 美しく長い尾ヒレを持ち、優雅に海中で舞う人魚姫は 海で溺れた王子を助ける。 想いを寄せる王子の元に行きたくて、 人魚姫は海の魔法使いに頼み、人間の脚を手に入れようとする。 ここの描写が、生々しく、また凄まじい。 歌舞伎の早着替えのように、舞台上で人魚姫の姿がどんどん変わっていく。 鱗が一枚一枚剥がれ落ちていく、身を引き裂くような彼女の痛みと苦しさが 手に取るように伝わってくる。 こんな思いをしてまでも王子のそばに居たい、という 人魚姫そしてアンデルセンの苦しいまでの想いが 胸に刺さるような気がした。 舞台というのは、映像の世界と違い表現方法に限界がある。 ましてや、バレエには言葉が無い。 そこにあるのは、音楽の表情と、ダンサーの表現力 そして、それを最大限に引き出す、演出家の力量だ。 ノイマイヤーの素晴しい想像力と、 それを見事に視覚化した表現力に、感服せずにはいられない瞬間だった。 ノイマイヤーが描く、独特の人魚姫の世界は、ここからが特に素晴しい。 人間の体を手に入れた人魚姫だが、 歩こうと脚を踏み出す度に襲う、凄まじい痛み。 綺麗で澄んだ水の中とは違う、地上の空気の中で息をする苦しさ。 彼女はいつまでも人間の体に慣れず、首を前に突き出し 到底バレリーナとは思えない、ぎこちない動きを繰り返す。 彼女が地上に居ることは不自然であり、 地上もまた彼女の存在を受け入れることは無い。 海底の世界での、優雅で誇り高い人魚姫と真逆の彼女を表現することにより 人魚姫の、胸を裂くような、決して叶わぬ想いを表しているのだろう。 その演出だけでなく、表現者であるシルヴィアの演技力も 観ている者の気持ちをぐいぐい惹き込んでいき、離そうとしない。 人魚姫の心情が手に取るように解り、とても胸が苦しくなった。 例えば、船上でゴルフをする王子だったり 少し動きの変わったシスター達だったり 地上の人々の振り付けは、飄々と、時には少し滑稽なものになっている。 彼女を認める者はなく、無関心で、ぎこちないその姿を冷笑し、からかう。 この地上に、人魚姫の味方は誰もいないのだ。 誰も理解してくれない、アンデルセンの切ない想いが ひしひしと伝わって来るような気がした。 2幕の幕が上がると、 1幕同様、暗い舞台の上に まるで切り取ったかのように白い小さい四角い空間があり 奥が極端に狭まったその箱の中に、ぽつんと一人椅子に座る人魚姫が居る。 絶妙なバランスで、暗い空間に置かれたそのセット。 彼のセンスには脱帽した。 その白い枠には、 地上の世界=気持ちの解き放たれない、自由の無い世界 内へ内へと自分の想いを閉じ込める苦しさの表現として 閉所恐怖症に怯える人魚姫の姿がある。 その恐ろしく狭い空間の中、人魚姫は 迫りくる恐怖に叫び出しそうなほど悶え苦しむ。 壁にぶつかり、頭を抱え、全身でその恐怖を表現する。 そうやって、地上で生活する息苦しさと、 王子の心が手に入らない人魚姫の切ない心情を 巧みに表現している。 王子と王女の結婚式 人魚姫は、それでも尚、純粋無垢な気持ちで王子に想いを伝えようとするが 王子は、まるで子供の相手をするかのように振る舞い、 まともに彼女に向き合うことは無い。 そんな中、現れた魔法使いに 王子を殺せばまた海の世界に戻してやると言われ 彼女は、ナイフを手に王子が一人になるのを待つ。 しかし王子は、ナイフを手にしている人魚姫を見てまでも 彼女の真剣な想いには気付かず、 まさか自分を殺そうとしているとは微塵も思わないのだ。 最初から最後まで、 可哀想な少女を気にかけるただの良い人でしかない。 人魚姫の強い想いは、王子に届くことは無かった。 ただ微笑み、軽くあしらいながら去っていく王子。 人魚姫は、胸が張り裂けそうなほどの悲しみに耐えきれず、 この地上の息苦しい世界から逃げるように、 必死にポワントとドレスを脱ぎ捨てる。 そして、儚く散る花のように、衰弱し息絶えていくのである。 人魚姫の王子への決して届かぬ想いが、胸に迫り 奥の方からじわじわと涙が込み上げてきた。 あー、人魚姫は本当に死んでしまったのだろうか。 このまま終わっていってしまうのだろうか…。 エピローグ、 そんな観客の想いを知っているかのように、詩人が現れ ゆっくりと人魚姫の体も動き始める。 美しい音楽が流れる中、想いが遂げられることの無かった人魚姫と詩人は 白い衣をまとい、シンクロするように星空に上がっていく。 彼らの想いは、美しい夜空の星になったのだろうか。 悲しい結末であるにもかかわらず、私の心には美しく温かな何かが残った。 詩人と、人魚姫の大きな想いを ノイマイヤーは、本当に見事に舞台にのせた。 3時間と、かなり長い舞台ではあったが 一編の長い、叙情的な絵巻物を観ているかのように 悲しくも美しい世界にどっぷりと浸かった観客は 幕が下りると同時にハッと現実に戻され、 割れんばかりの拍手で会場を包んだ。 バレエというのはこんなにも素晴しいものだったのか。 ノイマイヤーという希有の才能を持った振付家と仕事ができ、 こんなにも素晴らしい作品を踊ることが出来るダンサー達が 本当に羨ましいと思った。 古典バレエで描かれるような、ただの綺麗なお飾りではない。 生身の人間としてダンサー達が表現する、その世界には どくどくと、溢れんばかりの血が通っていた。 心に深く残る作品だった。 必ずもう一度観たいと思ったし、 多くの人に観てもらいたいと、心底思った。
by rinamizo
| 2009-02-18 00:01
| バレエ
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